沿革

当校の日本語教育理念及び教授法は、1940年代に開発されました。創立者の長沼直兄(ながぬま なおえ)は、学習者のコミュニケーション能力向上の重視が何よりも重要であると考え、その理念は改良・改訂を加えられた今日の私共の指導法及び教材の根幹として生き続けています。
1954年卒業式 今日まで累積卒業生数25000人超 出身国数延べ100か国

開校までの歩み

創立者長沼直兄(なおえ)とハロルド・E・パーマーの出会い
東京高等商業学校(現一橋大学)を卒業した直兄は、1922年文部省英語教育顧問として来日した英国人言語学者ハロルド・E・パーマーの講演を聴いて感銘を受けたのを機に親交を結ぶ。パーマーの「外国語としての英語教育」の教授法を日本語教育に取り入れる。パーマーは文部省内に英語教授研究所を設立、所長に就任、直兄は幹事となる。その後パーマーの推薦により米国大使館の日本語教官も務める。
標準日本語読本
1931~34年にわたり、直兄は成人の語学教育用教材として『標準日本語読本』全7巻を刊行。以降米国・欧州・豪州の大学や教育機関でも使用され、ナガヌマ読本の名が世界に広まった。エドワード・サイデンスティッカーやドナルド・キーンもこの教材で勉強した。
1948 東京日本語学校開校
1946年「財団法人言語文化研究所」を設立、文部省・外務省より認可を受け、直兄が理事長に就任する。1948年同研究所の附属機関として東京日本語学校を開校、翌1949年、東京都より各種学校の認可を受ける。当時の学生は宣教師、大使館員が主であった。

開校後の歩み

長沼直兄
初代校長 長沼直兄の時代
<1948~1964>
パーマーの Oral Methodから出発した教授法を<修正直接法>として体系化して実施、同時に教材『改訂標準日本語読本』を刊行。1952年 現在地に新校舎建設、視聴覚教育も推進。
浅野鶴子
第2代校長 浅野鶴子の時代
<1964~1982>
『再訂標準日本語読本』刊行。DAAD*、欧州共同体などから委託教育の受け入れを開始。文化庁より日本語教育における功績で表彰、国際交流基金からも「国際交流奨励賞」受賞。
*DAAD:ドイツ学術交流会
長沼守人
第3代校長 長沼守人の時代
<1982~1998>
直兄の実弟である守人は理事長兼校長に就任。 『長沼新現代日本語』の教科書シリーズを刊行。大和日英基金、日本経団連、外務省元JET青年、日蘭学会、米国マンスフィールド財団などの特別研修をを受託。校舎の建替え実施(現一号館)。
長沼美奈子
第4代校長 長沼美奈子の時代
<1998~2007>
新校舎建設(現二号館)、旧校舎(現三号館)の耐震補強工事実施。コンピュータによる校内ネットワーク環境の整備、教材作成。汎用初級教科書『いつでもどこでも日本語』の開発作成。教員の総合力強化。
鈴木潤吉
第5代校長 鈴木潤吉の時代
<2007~>
Naganuma e-School 等マルチメディア教材の研究開発。日本語教育の新規事業開拓。学生向けサービスの拡充。 2009・4に改組された学校法人長沼スクールとして教育事業・研究開発の継続・革新・発展・強化を目指す。

1934 標準日本語読本

ナガヌマ・アーカイブス

1951 卒業式 右は三笠宮殿下

1951 学校名のレリーフが見える。

1952 授業風景

1952 年末パーティ

1969

1972

1982

1985

1995

2001

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